意識の変化は

子供の頃、バレーボールが大好きで、テレビで試合の放送があれば内容を問わず見ていました。
高校バレーから実業団、全日本まで、飽きずに見ていたものす。
それに加えてアニメやドラマでも、バレーボールを取り上げた作品が人気でしたから、それらに影響を受け、知らず知らずのうちにバレーボールが大好きになっていったようです。
自分でも何がきっかけとなったのかわからないまま、ただただバレーボールが大好きでした。
バレーボールでは、素早くボールの下に入るにはO脚での移動がスムーズで、特にレシーブをするときには有利とされていました。
全日本選手として活躍し、もっともレシーブのうまい選手と称された女子選手は、見事なO脚でした。
中学生になって迷うことなくバレーボール部に入部した私は、3年生の中にひときわ上手な先輩がいることに気づきました。
とても背が高い先輩でしたが、誰もがすぐにそれとわかるO脚の持ち主でした。
背が高いわりにはレシーブも上手なその先輩を見て、あこがれだったレシーブの上手な実業団選手がO脚なのと同じだから、先輩もスパイクもレシーブもあんなに上手なんだと思った私は、自分もO脚になりたくて、わざとO脚にして歩いていました。
けれど、それで足がO脚になるということはなく、これは生まれついての足の形によるものではないかと思い、わざとO脚にして歩くのをやめました。
やはり歩きにくかったからです。
その後、高校に入ってからは熱心に誘いを受けたにもかかわらず、バレー部に入ることはなく、O脚になることの必要性も感じなくなりました。
むしろ社会人になって制服を着用し、パンプスを履くようになってからは、O脚は確かに見た目が悪いと感じるようになったほどです。
若い頃はかわいいと思えるかもしれないO脚も、さっそうとスーツや制服を着こなして仕事をするようになったら、何とかしてまっすぐな足に直したいと思う気持ちは、その時になって初めて、よく理解できることと思います。